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【第3回】なぜ患者は膝を伸ばして歩けないのか?

こんにちは。3D SHIFTシリーズ、第3回のテーマは「なぜ膝OA患者は膝を伸ばして歩けないのか?」です。

前回(第2回)では、膝関節の解剖学と運動学的特徴から、関節の接触面積や圧力分布について考察し、深い屈曲位では関節圧が上昇すること、特に脛骨後方部への負担が大きくなることを紹介しました。

今回は、そこからさらに踏み込んで、なぜ患者は膝を伸ばすことができず、むしろ膝を曲げたまま歩いてしまうのかという“動作の矛盾”に焦点を当て、筋活動と神経制御の観点から掘り下げていきます。

目次

膝OA患者における膝伸展と筋活動の矛盾

膝OA患者において、歩行時の膝関節は本来“可能な限り伸展位(Double Knee Actionの範囲内)”であることが、関節への負担軽減に有利と考えられます。しかし臨床現場では、膝を曲げたまま歩く患者が多く見られます。膝屈曲位での歩行は構造的・力学的に膝関節へのメカニカルストレスを増加させるはずです。動作と症状の整合性に矛盾を感じることも少なくありません。

特に注目すべきは、大腿四頭筋(特に内側広筋)の活動低下です。膝屈曲位では本来、大腿四頭筋の活動が求められるにも関わらず、患者は屈曲位のまま歩行し続けてしまいます。

このような動作パターンがなぜ生じるのか、単なる筋力低下では説明できない背景が存在しています。


2. ハムストリングス過活動の可能性

近年の研究では、膝OA患者がハムストリングスを過剰に活動させて歩行する可能性が示唆されています。

とくに以下の観点から、ハムストリングス優位な動作戦略が形成されると考えられます:

疼痛による大腿四頭筋の抑制(AMI)

膝OAでは関節内の炎症や腫脹、疼痛により、内側広筋を含む大腿四頭筋の活動が抑制されてしまう現象(Arthrogenic Muscle Inhibition)が生じます。
実際、慢性膝痛を抱える人は痛みがない人に比べて大腿四頭筋筋力低下と自動運動が困難になり、これが膝OA患者の筋力低下の主要因となり得ます。大腿四頭筋の働きが痛みにより阻害される結果、相対的にハムストリングスへの依存度が高まります。

これにより、膝を伸ばすための出力が十分に発揮されず、結果として他の筋群(例:ハムストリングス)への代償が起こるのです。

参考
Does pain relate with activation of quadriceps and hamstrings muscles during strengthening exercise in people with knee osteoarthritis?

関節不安定性に対する代償的共収縮

膝OAでは軟骨変性や靭帯の弛緩により関節の安定性が低下することがあります。そのため、患者は膝関節周囲筋の共収縮によって関節を安定化させようとします 。特にハムストリングスの活動増加は、痛みにより十分働かない大腿四頭筋を補い関節を支える代償機構と考えられています 。実際、膝OA患者ではハムストリングス筋が踵接地の約200ms前から立脚期を通じて過剰に活動し、荷重の分散を変化させているとの報告があります 。このようなハムストリングス主導の共収縮は関節の過度な動揺を防ぐ一方で、関節内圧と圧迫負荷を増大させてしまい 、結果的に軟骨へのストレスを高めOAの進行に寄与しうるとも指摘されています 。

参考
1,Muscle Activation Profiles and Co-Activation of Quadriceps and Hamstring Muscles around Knee Joint in Indian Primary Osteoarthritis Knee Patients
2,Quadriceps/Hamstrings co-activation during gait in individuals with anterior cruciate ligament reconstruction
3,Effects of Open and Closed Kinetic Chains of Sling Exercise Therapy on the Muscle Activity of the Vastus Medialis Oblique and Vastus Lateralis
4,Quadriceps/Hamstrings co-activation during gait in individuals with anterior cruciate ligament reconstruction

痛みによる運動学習の変化

慢性的な痛みや不安定性に対処するため、患者は四頭筋回避歩行に類するパターンを学習する場合があります。これは荷重期の膝屈曲を極力減らし(膝を伸展位に保つ)ことで大腿四頭筋の負担や疼痛を避けようとする戦略で、ACL損傷後によく知られますが 、膝OA患者でも痛みや不安定感から類似の戦略を取ることがあります。その結果、ハムストリングスと大腿四頭筋を同時に緊張させ膝を硬直化させる「スティッフニーゲイト(stiff-knee gait)」が生じ、正常な筋活動タイミングが乱れる可能性があります。

参考
Osteoarthritis year in review 2019: mechanics

3. H/Q比の変化とハムストリングス優位

ハムストリングスと大腿四頭筋の筋力比(H/Q比)において、膝OA患者は若年・高齢健常者と比較して、相対的にH/Q比が高い傾向にあると報告されています。

一般に若年健常者では大腿四頭筋の筋力がハムストリングスの約2倍と強く(等尺性のQ:H比で約2:1に相当)、H/Q比に換算すると0.5程度です 。加齢に伴い両筋群の筋力は低下しますが、特に膝OA患者では大腿四頭筋の低下が顕著です。その結果、膝OA患者では相対的にH/Q比が高く(Q:H比が低い)傾向が報告されています。例えば、とある研究では膝OA患者の等尺性Q:H比は約1.43:1と健常若年者の値(2:1)を大きく下回っており、これは「大腿四頭筋の相対的弱化」に起因すると述べられています 。別の報告でも、膝OA群は年齢を合わせた健常対照群に比べて大腿四頭筋筋力が20~36%も低下していたことが示されています 。このように膝OAでは四頭筋の著しい筋力低下が見られ、ハムストリングスとの筋力比においても健常者とは異なるバランスを呈します。

もっとも、一部の研究では「膝OAでは四頭筋・ハムストリングスともに同程度に筋力低下し、結果として従来のQ/H比に有意差は認められなかった」との報告もあります 。Shuklaら の観察では、膝OA患者は健常者に比べ両筋群とも有意な筋力低下が見られたものの、H/Q比自体は健常者と大差なかったとされています。この相反する所見は対象集団や疾患重症度による差異とも考えられますが、大腿四頭筋の筋力低下が膝OAに顕著である点は一致した知見です。実際、膝OAでは大腿四頭筋の筋萎縮がMRIや超音波でも確認されており(健常者より筋断面積や筋厚が有意に小さい)、筋力低下との相関が指摘されています 。総じて膝OAでは大腿四頭筋:ハムストリングスの筋力バランスが崩れやすく、四頭筋劣位(H/Q比上昇)の方向に変化しがちであると言えます 。この筋力バランスの悪化は、前述の筋活動パターンの変調(四頭筋の役割低下とハムストリングス過剰代償)とも合致する所見です。

参考
1,Treatment of Knee Osteoarthritis in Relation to Hamstring and Quadriceps Strength
2,Quadriceps Femoris Muscle Weakness and Activation Failure in Patients with Symptomatic Knee Osteoarthritis
3,Compression of Hamstring and Quadriceps Muscles Strength in Patients with Osteoarthritis of Knee and Normal individual
4,Neuromuscular electrical stimulation (NMES) reduces structural and functional losses of quadriceps muscle and improves health status in patients with knee osteoarthritis

4. リハビリ介入の方向性

このような筋活動のアンバランスに対して、我々リハ専門職が行うべき介入は明確です。

方針:

  • 内側広筋を中心とした大腿四頭筋の筋力強化
  • ハムストリングスの過活動を抑制
  • 運動パターンの再学習を通じて膝伸展位を維持できる歩行へ

次回(第4回)では、これらのリハビリ戦略を実際にどう進めていくのか、OKC・CKCエクササイズの選択と進行、運動頻度や期間など、臨床での具体的な指導法を紹介していきます。

どうぞお楽しみに!

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